Porter Classic KENDO Jacket:一生モノを超えて「自分の生き様」になる服
「一生モノ」という言葉がある。大切に保管し、いつまでも綺麗に使い続ける。そんなイメージが一般的かもしれない。しかし、Porter Classic(ポータークラシック)の「KENDO Jacket」に出会ってから、その考え方が少しずつ変わり始めている。
このジャケットは、上手に着こなそうとしたり、自分を格好良く見せようとしたりする自意識を、その圧倒的な素材感でいい意味で「どうでもよく」させてくれる。
「武装」ではなく、自分に馴染む「道具」として
これまでの自分にとって、良い服を選ぶことは一種の「武装」だった。隙のないクオリティを身に纏うことで、自信のなさを隠そうとしていた部分があったと思う。
だが、最高級のシーアイランドコットンを贅沢に使ったこの刺し子生地は、着れば着るほど、洗えば洗うほど柔らかく、クタクタに馴染んでいく。糸が解け、色が落ち、肘のあたりにアタリが出る。その変化は「劣化」ではなく、持ち主の生活が刻み込まれた「味わい」だ。
「綺麗に、上手に着なきゃ」という肩の力を抜いて、袖をぐいっとまくってみる。その瞬間、この服は自分を飾るためのアイテムから、毎日を共に戦う「法被(はっぴ)」や「作業着」のような、頼もしい相棒に変わる。
図書館と、夕食と、なんでもない日常
最近、理想の生活について考えることがある。お気に入りのジャケットをボロボロになるまで着倒して、ふらっと図書館へ行き、新聞や本を読んで自分だけの時間を過ごす。帰りに家族への晩御飯を買って、ごく普通の日常に帰る。
派手な成功や特別な瞬間を追い求めるのもいいけれど、こうした「なんでもない日々」を、自分の眼でしっかり見つめて慈しむことこそが、実は一番贅沢なことではないだろうか。
KENDOジャケットは、そんな静かな日常に驚くほどよく似合う。権力や他人の評価にとらわれず、自分の好きなことに没頭する。そんな自由な精神を、この服は肯定してくれる気がする。
不器用な自分さえも、味わいに変えて
誰だって、昔の不器用な自分を思い出して恥ずかしくなる夜がある。でも、刺し子の生地が傷ついても修繕され、それがかえって唯一無二の魅力になるように、私たちの過去の失敗や弱さも、きっと人生の深み(アタリ)になっていくはずだ。
「正解」を求めて背伸びするのをやめて、今の自分をそのままこのジャケットに預けてみる。そうやって刻まれたシワや色落ちは、世界にたった一つの「自分の生き様」そのものだ。