Royal Order:90年代の憧憬を、一生モノの「自分」に書き換える
手元にあるシルバーの輝きが、30年近い時を経て再び私の胸元に戻ってきた。
Royal Order(ロイヤルオーダー)のTinyチェーンと、クラウンリングのペンダントトップ。
90年代後半、空前のシルバーアクセサリーブームの中で手に入れたこの一品は、今、単なる装飾品以上の意味を持って私の一部になろうとしている。
清春への憧れと、あの頃の熱量
このネックレスを手にしたきっかけは、至極シンプルだ。当時、圧倒的なカリスマ性を放っていた清春への憧れである。
彼が身に纏うシルバーは、単なるファッションではなく、既存のルールに抗う「自由」や、徹底した「自己表現」の象徴に見えた。
当時の私は、何者かになりたくて、必死にその影を追いかけていたのかもしれない。
流行に乗り、憧れをコピーすることで、不器用な自分を隠そうとしていた。しかし、ブームが去り、多くのモノが手元から消えていく中で、このロイヤルオーダーだけは捨てられずに残っていた。それはきっと、このデザインに込められた「高潔さ」と、当時の純粋な熱量が、私の本質的な部分と繋がっていたからだ。
「つけっぱなし」という覚悟
最近は、肩凝りを理由に外していた時期もあった。しかし今、あえてこれを「つけっぱなし」にすることにした。
シルバー925は、放っておけば黒ずむが、身につけ続けることで肌と擦れ、独特の柔らかい光沢を放ち続ける。
繊細ながらも芯の強さを感じさせるTinyチェーン。そして、王権と誇りを象徴するクラウンリング。
これらを24時間身に纏うことは、誰かの真似ではなく、「自分の人生の主権を自分が握る」という、静かな、しかし確固たるマニフェストだ。
過去の自分を肯定する、唯一無二の「アタリ」
「大した人間ではない」と自覚しつつも、オンリーワンの仕事に自負を持つ。
そんな矛盾する感情を抱えながら生きる大人にとって、シルバーの傷や燻し(いぶし)は、そのまま自分の歴史になる。
90年代、不器用で、関わり方がわからず、ただ憧れを追いかけていたあの頃の自分。
その過去を「恥」として切り捨てるのではなく、このネックレスのように磨き直し、今の自分の一部として受け入れる。
ボロボロになるまで使い込むKENDOジャケットと同じように、このシルバーもまた、私の生き様を映し出す「鏡」となっていく。